音楽畑に花が咲く Ⅱ ~1981年-2000年~ その1

お早うございます!

 

大学生になりたての私は、テニスのプロになりたく、

師事していたテニスプロが契約していたコートに程近い別室(マンション)

に寝泊まりさせて頂き、朝早くからの練習に備えておりました。

或る日、眠りに就けず深夜にテレビをつけてみると

”衝撃的な!”番組が放送されていました。それが

”MTV”

との出会いでした。

延々と洋楽・邦楽アーティストのPV(プロモーションビデオ)を流すだけの番組。

新聞も無かったので、初めは「何本観れるのかなぁ~?」と思っていたのですが、

実に3時間!もはや何本などと数えるのも不可能な位 ”これでもか?!” とばかりに

流し続けてくれました。この日以来虜になり毎回欠かさず観るようになり、

当然の如く私は洋楽にどんどん傾倒していきました。

この番組でインパクトを受けた=未だに忘れていないPVの内容と言へば・・・

〇”イングウェイ・マルムスティーン” の指運のスピード・的確さ&

ギターを肩で一回転させるパフォーマンス

(当時私はワイアレスアンプの存在を知らず、

早速真似して早速シールドで首が絞まったアホです。)

※細かい話ですが、私は左指のフォームに於けるタイプを二つに分けており、

①ジミー・ペイジタイプ : 第一関節を寝かせて線で押さえるタイプのギタリスト

②リッチー・ブラックモアタイプ : 第一関節を立てて点で押さえるタイプのギタリスト

の内、個人的な嗜好として②のタイプが好きです。インギーは②のタイプでしかも高速、

早く弾いても個々の音がしっかり聴こえてきて、多くの方の例に漏れず凄いと思いました。

〇”スリラー by マイケル・ジャクソン” は文句なしの短編映画!

10分程とPVとしては超長い作品ながら、ストーリー仕立てになっていて飽きさせない。

(勿論オカルト独特の ”解決しないオチ” がついてのエンディングとなっております。)

〇”ボーンインザUSA by ブルース・スプリングスティーン” は大胆にも国旗が使われ、

それでも大衆から批判を浴びないあたりの ”ボス” と称される絶対感!

私も日の丸を掲げても許されるアーティストになりたいと思いました。

それから・・・んーこれ、止まらないような気がするので次いきますね。

 

ここからの気に入ったアーティストを挙げだしたらキリが無いので、

ざっとこの頃手に入れた、若しくは観た

LP・EPレコード(皆さん御存知かなぁ~?)約50枚

カセット(これも御存知無い方が多いかも?)約300本

CD約1,000枚、

MTVでの約PV500本、

合わせて約20、000曲位を聴いており、

この雑多な音楽カテゴリーが私の ”畑” になっていると思います。

レコードで思い出深いのは、

①音楽に初めてお金を出して買った、

”ヘイ・ジュード by ザ・ビートルズ(裏面=B面 : レボリューション)”

のEP(17センチ=ドーナッツ版)

beatles Hey jude (2)

②ジャケ買いして ”当たりだ=良かった” と思った、

”ザ・ディスタンス by ボブ・シーガー”

(”Even Now” と ”Comin’ Home” は大好きで今も聴いています。)

黄昏の海が印象的な "The Distance" のジャケット

黄昏の海が印象的な “The Distance” のジャケット

※LPは30センチ角の厚紙包装がされており、

この表紙(裏面も含めて)が一つの ”アート” であり、

全く知らないアーティストでもジャケットが気に入って買ってしまう事がありました。

これを ”ジャケ買い” と呼びます。

”アースウィンド&ファイアー” と ”長岡秀星” のコラボは毎回話題になっていました。

アースウィンド&ファイアー 太陽神 (2)

③試聴して即買いし、何度か聴いて更に好きになった、

”マイ オウン ディストラクション by エルレガーデン”

(”Can’t Remember How We Used To Be” を試聴し、

「カッコイイ海外アーティストだなぁ~。」と思い買って聴いたら日本人だった!

”右手” と共に大好きな楽曲です。)

裸んぼでレスポール持って弾きながら飛ぶ!・・・す、素敵過ぎる。

裸んぼでレスポール持って弾きながらジャンプだなんて・・・す、素敵過ぎる

それから・・・んーこれ、止まらないような気がするので次いきますね。

(さっきも書いたな・・・)

 

1985年頃、映画観たさで ”WOWOW” と契約し、

”セリエA(イタリアサッカーリーグ)”

(プラティニ・マラドーナ・ファンバステン・シニョーリ・トッティ・デルピエーロ・バッジョ

ジダン・バティステュータ・ベルカンプ・インザーギ等のスター選手は勿論、

私がサッカーの ”守備” と ”中盤の攻防(押し引き)” に興味が移ったきっかけとなる、

パリュウカ・ブッフォン・マルディーニ・バレージ・マンチーニ・ネスタ・カンナバーロ・

ガットゥーゾは、サッカーの ”深さと面白み” を教えてくれた選手です。)

”ボクシング”

(フォアマンの復活!・ボウ・ホリーフィールド・タイソン・デラホーヤ・ロイジョーンズJr.・

竹原・バレラ・トリニダード・メイウェザーJr.・ハメド・パッキャオ等の激闘、殊に多階級挑戦・

連続防衛が掛かった試合はワクワクして観ていました。)

それから・・・んーこれさっきも・・・くどいな!

 

そして

”グラミー賞授賞式”

を毎年の一大イベントとして観るようになりました。

グラミー自体よりも、そこで知ったアーティストをリサーチして膨らんだ世界が沢山あります。

また後日・・・

20150305 fb(3)

2015.04.23. (Thu.)

音楽畑に花が咲く Ⅰ~1963年ー1980年~

お早うございます!

 

音楽の話題の中で、

「あなたの畑は?」

と聞かれる事があります。これは、

”あなたの音楽のルーツや礎(いしずえ)になっている

カテゴリー何ですか?或いはアーティストは誰ですか?”

という意味です。

ふと自分が感化されたアーティストに思いを馳せる事があります。

こうした自分のルーツを探る旅は、

時に忘れていた名曲を掘り出す事がありとてもわくわくします。

また、新たな自分の境地を切り開くきっかけになる事もあります。

当時の感性では良いと思わなかった楽曲の素晴らしさに気付いたりするからです。

生まれた頃は母上が童謡をよく歌ってくれました。

小学生の頃は、クラシックを聴いていました。

これらの音楽は、久しく記憶から消えていましたが、

今になって懐かしく思い出しながら口ずさむようになりました。

母上の背中で童謡を聴きながら眠った記憶は私の財産となっています。

クラシックは両親・兄上共に興味が無く、

コンサートへはいつも学校の音楽の先生に依頼して同行して頂きました。

N響=NHK交響楽団の演奏会が一番多かったと思います。

当時の首席指揮者は、オットマール・スウィートナー氏でした。

クラシックコンサートで覚えている楽曲は、

ズービン・メータ指揮 イスラエルフィルハーモニー管弦楽団の

”未完成交響曲”

と、指揮者不明 ロンドン交響楽団の

”ブラームス 交響曲第一番”

です。

”未完成” の出だし(とてもミステリアスな導入部)、

Schubert Symphony.8 Muti/Wiener Philharmoniker (youtube)

”第一番” の第四楽章

《ホルンとトランペットの奏でるファンファーレ、心穏やかな境地へと誘(いざな)う弦の調べ》

ブラームス/交響曲第1番 第4楽章(Part1) (youtube)

は今尚大のお気に入りで何度も聴きかえしています。

ポピュラー音楽を生業にする私には、クラシックの楽曲全体よりも

気に入った部分を重点的に堪能するのが性に合っていると感じます

私の場合、

”クラシック音楽(交響曲)はポピュラー音楽の何曲かを繋ぎ合わせた楽曲”

と捉えています。同じ楽章内でも情景=曲調は移り変わっていきますし、

指揮者もその部分部分でテンポを変えています。

クラシック音楽もまたポピュラーやロックと同じく

”その場の乗り=グルーヴ感” を大切にしているのだと感じます。

 

中学生の校内合唱コンクールで初めてギターを買い、練習し、発表しました。

練習で放課に弾いているとクラスの女の子が寄ってくるは寄ってくるわ。

「ねぇ、〇〇弾いてぇ~。」

と次から次へとリクエストされ、自分の練習どころではありませんでしたが、

根がナンパだった私にとってはとても気分の良いひとときでした。

課題曲は確か

”瀬戸の花嫁 ~小柳ルミ子~”

だったと思います。”C-Am-F-G-G7″ という最もオーソドックスなコード進行でしたので、

つまずかず、嫌にならずに済んだと思っています。

あの時、

当日迄に完成しない難易度の高い伴奏だったら投げ出していたかもしれません。

その後親戚の義兄に教わった “THE BEATLES” を聴くようになりました。

初めに感化された、どころではなく”鳥肌が立った”楽曲は、

”The Long And Winding Road”

Paul McCartney – The Long And Winding Road (youtube)

でした。それ迄クラシックを聴いていた事とこの楽曲のアレンジが非常にマッチしていた事、

具体的にビートルズを聴いてみようと思った時、兄上に知っている楽曲を問うたところ、

「レリピー、レリピー、レリピー、レリピーだがや。」

と言い放った為、初めて聴いたアルバムが ”Let It Be” だった事、

とタイミング、当時の感性のピントがピタッ!と合ってしまったのが運のツキ、

どんどんビートルズにのめり込んでいきました。

仲の良い友人がやはりビートルズに傾倒し、

二人でその凄さを周囲に言い聞かせる伝道師となっていくのでした

私達を奮い立たせたもう一つの要因は、

当時テニス部の先輩やクラスの女子達が、全盛期を迎えた

”ベイシティーローラーズ”

の大ファンで、「ビートルズなど取るに足らない。」 などとぬかしおった事です。

Bay City Rollers – Saturday Night (Live) (youtube)

ファイナルアルバムのビートルズから、

”落ち着いた大人達の偉大なるアーティスト”

をイメージしていた私にとって、

ベイシティーローラーズは はち切れんばかりの元気な若者達と対照的な存在でした。

心の中では 「ちょっといいかも。」 と思いつつも、

負けてはおれんとばかりに、ビートルズの名曲や武勇伝を探しまくった為、

相当ビートルズ通にならせて頂きました。

1980年末迄の ”ビートルズ復活祭 (ビートルズシネクラブ主催)” は、

毎回朝04:00起きして先頭待ち参加しておりました。

後期から徐々に遡る形で歴史を追っていき、

デビュー前、実はチョイ悪だった頃のビートルズに触れ再度感化されました。

キャバーン・クラブの映像はほんの一部しか見る機会が無く、

ちらっと演奏されている楽曲に非常に興味を持ちました。

軽快な ”Oh Oh Ho Ho !” のコーラスが ”カッコイイ!” と感じたからです。

ファン40年にしてやっと題名を知ったのがこれです。

Some Other Guy ~THE BEATLES at The Cavern Club~

The Beatles – Some Other Guy (Live At The Cavern Club) (youtube)

ビートルズの演奏力が凄かったとは思いませんが、

”Nowhere Man” のギターソロに於けるハーモニクス、

”Polythene Pam” の躍動感溢れるアコースティックギター伴奏、

”I’ve Got A Feeling” に於けるギターチョーキングからのスライドダウン、

”You’re Gonna Lose That Girl” の輪唱スタイルのコーラス、

ついでにタバコを吸いながら演奏するカッコ良さもこのPVでインプットしました。)

等々、”何だこれは?! と思わされるオリジナリティーはとてつもなく凄い!!” と今尚思います。

 

因みに・・・

”ビートルズの最高傑作は何ですか?”

という質問をヤフー知恵袋で調べた後、”あわせて知りたい”という質問コーナーを見たら、

”ビートルズの最高傑作アルバムは何ですか?”

の次が

”アラブ人とペルシャ人の違いを教えて下さい。”

だった。

ま、どうでもいいけど・・・

 

2015.04.18. (Sat.)

 

First KISS ~古き良き~

お早うございます!

生まれて初めての

”KISS LIVE”

に行って参りました!

”初恋話”

ではありません、残念でした!!

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固有名詞以外はほぼ日本語。違和感はありますが、 ”親近感”もまた感じるツアープログラムです、ハイ。

 

”デトロイトロックシティ”に始まりいきなり紙吹雪&紙テープ!

”こっちが主役かっ!?”

などと突っ込みを入れながらの開演でした。

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締めの”ロックンロールオールナイト”で更なる紙吹雪!

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終了後の会場はまさに”兵(つわもの)どもが夢の跡”

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PA機材とクルー。積もった紙吹雪は大丈夫なんでしょうか?

PA機材とクルー。積もった紙吹雪は大丈夫なんでしょうか?

 

観客が期待する事を概ね盛り込み・・・

1.”ファイアーハウス”での火吹きパフォーマンス

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2.兎に角おどろおどろしい音階だけのベースソロで吐血

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3.懐かしのギター破壊パフォーマンンス

ハ~イ、ワタシイマカラコレコワシマスヨ~、ミテテクダサ~イ!みたいな。

ハ~イ、ワタシイマカラコレコワシマスヨ~、ミテテクダサ~イ!みたいな。

”セーノ!”って日本語やん!!みたいな。

”セーノ!”って日本語やん!!みたいな。

ハ~イミナサン、ポッキリイッタラ30マンポッキリデウリマッセ~!みたいな。

ハ~イミナサン、ポッキリイッタラ30マンポッキリデウリマッセ~!みたいな。

会場中央には

特設のポール・スタンレー用ステージを組み、

ワイヤーアクションで宙を舞う。

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曲は”ブラック ダイアモンド”

曲は”ブラック ダイアモンド”

トミー・セイヤーは、エース・フューリーのギターを踏襲して

ペンタトニックとオクターブチョーキング中心の

スタンダードなソロに徹していました。

青と赤を基調としたド派手なライティングには

バブル期の日本に思いを馳せました。

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全盛期(多分1979年)に兄が観たパフォーマンスと

遜色(そんしょく)無いであろう良いライヴでした。

拍手ものは、”バラード・休憩無し”で

最後まで走りきった事、感心しました。

やはり全メンバーが歌を唄えるのは

大きなストロングポイントだと思います。

因みに・・・

今回友人とのスナップ用にデジカメ持参であった為、入り口でスタッフに、

”カメラ預けときます。”

と申し出たところ、

”撮影しなければ結構ですので、お持ち下さい。” 更に、

“携帯での静止画撮影はOKです。” との事。

今迄に経験したことのない”ユルユルチェック”には驚きました。

SNSでのタイムリーなアップによるCM効果を狙っての緩和なのでしょうね。

¥12,500- のシート。”ヴァン・ヘイレン” ・ "エアロ・スミス” の中では最も良いパフォーマンスでした。

¥12,500- のシート。”ヴァン・ヘイレン” ・ “エアロ・スミス” の中では最も良いパフォーマンスでした。

”皆いつまでも頑張って下さい!”

と心で何度も呟いた、

応援団な一日でした!

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さて、私はと言えば・・・

2nd. single の歌詞・アレンジが絞られ方向性が決まりました。

次回は、東京のレーベルオフィスにて”ギター”の録音となります。

私所有の”ストラト・ジャパン”とフットタイプの”ディストーション・ディレイ・リバーヴ”という組み合わせ。

出来上がりに乞うご期待!!

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2015.03.01. (Sun.)