審判は素人に徹するべき

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お早うございます!
スポーツを守り成長させる意味で
今回のテーマはとても重要です。
審判が存在感を出す試合はロクなもんじゃない。
しかも誤審・・・
Stratton Mountain (USA) 1986
Semi Final
Jhon McEnroe vs Boris Becker
Final Set(3rd Set)
Tie Break 6-4
Double Match Point for McEnroe
セカンドサーブはベッカーのボディーに。
身のこなしでベッカーは何とかフォアでリターンを叩く。
マッケンローは高い位置でバックボレーを押し込む。
ベースラインいっぱいのボールにベッカーは、
一瞬アウトの自己判断をしたと思われる動きから
慌ててのけ反りながらのバックスライスロブで対応。
ラインジャッジがベッカーの動きに惑わされたのか
遅めの「アウト」コール。
オンザラインどころかインサイドオブザラインだ。
主審の Richard Ings(リチャード・イングス)も
オーバールールを宣言しない。
※ 上記ポイントは 1:06:30 から御覧下さい。
リチャード・イングスは因縁の審判の一人。
後の 1989 Paris でも同じカードに於いて、
至る所での誤審の後ベッカー贔屓(びいき)の采配で
マッケンローを負けに追い込んでいる。
審判員の厳格たろうとする努力を否定はしない。
ただ、各カテゴリーに於いて世界のトップを極めた
アスリートの動体視力や狙うスキル、
ミリ単位の見極めを要するジャッジなど
到底ついていけないことを理解せねばならない。
「誤審はお互い様」とよく耳にし言いくるめられてきたが、
マッチポイントと開始後の1ポイント目では
重みがとてつもなく違うからフェアな誤審など存在しない。
人がジャッジすれば応援する選手や負けている側に
どうしても加担したくなり、
重要な局面程それが思わず出てしまう。
「審判が試合を作る」
などということがあってはならない。
優勝賞金 250.000ドルの大会のセミファイナルで
マッケンローが失った賞金は恐らく
62.500ドル~最大 187,500 ドルにも及ぶ。
お金よりもポイントに重きを置く選手にとっては、
ストラットマウンテン ATP 500(当時)なら
120 ~ 最大320 ポイントをロスしたことになる。

プロスポーツで生き残ろうとする兵(つわもの)達にとって

一試合一試合ずつ単発、断片的に見る我々では
気付きにくい重要な点がもう一つある。
同一の相手に対し、
「負けグセをつけさせることが出来るか否か
=ドローで当たりたくないと思わせられるか否か
=具体的には、
 初対戦から3戦目迄でコテンパンにやっつけておくこと」
である。
Becker vs MacEnroe Head to Head
はベッカーの 8勝2敗と圧倒的である。
(参考 : ~1989 では 6-1)
初戦はイタリアでマッケンローのストレート勝ち。
2回目の対戦がこのアメリカストラットマウンテンだった。
マッケンローが2勝0敗であったなら、
その後の勝率は相当変わっていたと思う。
殊に3戦目の72ゲームを費やしたデビスカップでの敗戦は、
2戦目の残像が影響した
=具体的には、もつれてくると
マッケンロー「何か嫌な予感がする」
ベッカー「俺はマッケンローに対して何か持ってる」
と思いながら戦う状況に陥っていた
と感じる。
その後明確にトップの実力を失った1989年迄の

覇権を明け渡すトップランカーとの対戦に於いても

vs Lendl 15-17
vs Edberg 7-3
とマッケンローが次世代とのトップ争いを

続けるに足る実力であったことは証明済みだ。

何千万円もの資金をつぎ込み、
十数年もの間スポーツ科学の粋を集めた訓練を受け続け、
「俺が一番だ!」と異常なまでに強烈に叩き込むマインドセットを行った上で
会場に臨む猛者(もさ)達を、
「殆ど当たっているが間違うこともある。
 またそれが重要な局面で出ることもある。
 更にそれが特定の人に集中する可能性もある。」
という審判が捌(さば)くことは止めなくてはならない。
トップアスリートの集中力を欠き、
伝説になるべく試合も選手のキャリアもぶち壊しにしかねない。
チャレンジで判定が覆ることは多々あるが、
チャレンジで1セット内に3回間違えたアスリートは見たことがない。
そのくらい審判とトップアスリートとのレベルの違いは
歴然としていることが証明されている。
審判の誤審に噛みついて紳士的でないと目の敵にされ
そのキャリアを潰されたアスリートの筆頭が
他ならぬマッケンローであったことはもはや間違いない。
世界卓球
美誠/ひな の2ゲームオール 9-9
中国ペアのアンフォーストエラーで
美誠/ひな 10-9 に会場全体が納得した状況で、
審判がサービスレット宣言し、
緊迫の試合を中断させ、
確認もせず、
とったポイントを無効にし、
実力外のところで落胆させる。
これがトップアスリートのボールを見極められないレベルの審判が
自分の実力に見合わないプライドを死守する為
試合をぶち壊しにした=審判が試合を作った 典型的な例である。
恐らくボールのバックスピンがネット上で急激に止まったのが
判断の根拠と思われるが、別にネットに当たったわけではない。
坂井利郎さんや私の師匠水野明栄プロのような
トーナメントプロのフラットスライスボールは、
計ったようにネット付近でホップする(浮き上がる)ので、
同様な事象に惑わされたのかもしれない。
奇跡的なボールを打てるアスリートの実力を知らず、
審判が独自に培った物理的な常識で勝手に判断した
プロから見ればただの素人判定である。
素人判定に絶対的な権限が与えられているからたちが悪い。
もしこの時が選手のピークであったなら、
選手のエンディングを早め、
スポンサー契約を破断に追い込み、
二度と挽回出来ない生涯戦績も生涯獲得額も奪うことになる。
という認識が世界的に足りなさ過ぎると感じている。
世界最先端のスキルを持つトップアスリートに対して
審判というカテゴリーでいくらトップを極めても正確な判定は無理である。
無理なのに権限は絶大である状況は依然として変わっていない。
審判という存在は、早急に排除せねばならない課題である。
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