22世紀 ~飛躍の年を願う~

平成は平静の内に最期の時を迎えた。
十二支もまた輪廻最後の節目となる。
青山学院、帝京、絶対王者が負けた。
陛下は自ら退かれる。

国は領土と国民から成り、
世界は制度と経済を基盤に動く。
今一度日本人一人一人が
日本を起点に世界を発展させる
「原動力意識」
を持ち発奮せねばならない。
制度を自らの意思で動かす為選挙に行き、
仕事をし、
稼いだ金融資産を回さねばならない。
「言っても無駄だ」などと嘆きながら、
日々時間を浪費していてはいけない。
維持しようとすれば衰退していく。
2位を目指してはいけない。
ナンバーワンを獲りにいった中から
結果的に2位は生まれるからだ。

先に述べた通り今年は多くの節目年だ。
可能性として、
少なからず領土を失う程の超激甚災害が起きる、
銀行が貨幣(現金)から手を引く、
形あるものが原油に依存しなくなる、
等が考えられる。
多くのもの、ことが
根底から覆(くつがえ)る兆しすら感じる。

破綻と飛躍の違いは、
構成員一人一人が
「動き、回す」
ことに当事者意識をもって参加するか否かだ。

少しだけ隣人に関心をもち、気遣い、助け合い、
キャッシュレスの延長上にある
仮想通貨アレルギーを取り去り、
大自然に溶け込む多少不便な都市モデルを
想像から創造へと具現化し始める。
そんな近未来を、
それぞれが現実世界としてイメージすることだ。

次々と制度が変わり手薄になっていく年金で、
70歳から100歳迄無職、
手持ちの資産を崩しながら、
だけで生き抜くことは絶対に無理だからだ。

「グローバルな分散投資運用」
が必ず必要になるだろう。
コアな大口投資家に相場が左右され
小口一般投資家が食い物にされるのは、
一般投資家が少な過ぎるからだ。
経済が不公平で豊かに感じられないのは
自分達が経済活動していないからだ。

「国民全員参加で動く、回す」
そんな活気の中で新たな元号を迎えられれば
必ずや飛躍の年となるはずだ、
そう信じながら一歩踏み出すことにしよう。
【新元号予測】
「明徳」

Rocket Man 〜Elton Jhon〜
アポロ13号打ち上げの成功に捧げた楽曲。
エルトン・ジョンはバラッドでも、
タタタタンタンタン
という3や6の連打タッチで切れ味よく弾く。
リズム感の良さを感じるシンガーだ。
long long time
の心地良いファルセット(裏声)を
後に失うことになるが、
健在の頃の歌声がやっぱりいい。
今では
シンセサイザーのピッチダイヤルを回せば
このスライドアップする効果音が出せるが、
当時彼のバンドは
繊細なスライドギター(ボトルネック)で
表現していた。

ボトルネック効果音でアレンジされたオリジナル

暫し宇宙空間に想いを馳せ、
無重力を感じながら漂って頂きたい。

午前00時09分。
僕は凧のように舞い上がる
地球から遥か遠く 愛する者の元を離れ
ただ一人宇宙空間の中
何と時空を超えた世界なんだろう

火星は子供を抱き上げるようなところじゃない
ただ地獄のように寒いのが現実だ
もしそれが出来たとしても誰もいない世界
僕には科学のことは分からない
週に5日ミッションをこなすだけの
宇宙飛行士なんだ

長い長い旅になると思う
新たな発見がある迄帰ることはない
僕は皆んなが想像するような
家にいる人間じゃない
だって僕はここで一人燃え尽きて
もくずと消えていく宇宙飛行士なのだから

長い長い旅になると思う
長い長い旅になると思う
長い長い旅になると思う・・・

※ 訳詞 “TOMMY” MURAKAMI

2019.01.05. (Sat.)

22世紀 ~官で出来ないことを民に押し付ける不条理~

お早うございます!

今話題の「ふるさと納税」ですが、

「3割原価、地産物限定の指定を強制する方向」

に動いていると報道されています。

以前、私がパーソナリティを務める

「渋谷ラジオ tokyo」の番組でも触れましたが、

これぞ民間企業の仕組みを国が体験する貴重な機会です。

 

ここへきて強制力を以って原価、商材を指定するに至り、

これは言い換えますと、

「国会と行政を司る=日本を担っている 方々は、

民間企業が当たり前に行う商活動の仕組みに於いて破綻(はたん)し、

自分達で立法した独占禁止法で取り締まる不公正な競争を自治体に強要し、

参加しない自治体を外す意味も含め広義に談合を大々的に開始した。」

ということになります。

 

民間企業団体が大いに苦言を唱えるべきは、

「国は自分達が維持出来ない仕組みや守れないルールを

民間企業にだけ押し付けている」

ことです。

 

主な理由を考えれば、

「当初そんなに盛り上がる予定をしていなかったが、

予想以上に大当たりしてしまい、

東京都の税収に看過できない落ち込みがみえたから」

くらいしか思いが至りません。もっと深読みするなら、

「地方同士で潰し合う経過であれば、

『税収の格差是正』が目的ですからと一蹴していたが、

東京の税収に影響が出た為途端に圧力をかけた」

とも想像します。

原価が大きくなっても結果的に納税額が増えれば、

収益率の悪い利益を数多く積み重ねることになり、

結果的に税収は増えていきます。

これが民間の置かれている環境下での

「薄利多売」という収益方法の形です。

自由競争上の利益とはそういうもので、

「税収の格差是正」という

当初の目的は果たし続けている筈です。

それでも規制をかける根底には、

「そもそも放っておいてもふんだくれる金に

元手をかけること自体勿体ない!

本来うち(主に東京都)に入ってくる金を恵んでやってんのに

調子に乗って稼ぎ過ぎなんだよ!」

という上から目線を感じずにはいられません。

 

しかし、

こうして正論らしき個人的見解(もしかすると民意)で

ただケチをつけるだけでは、

国家は動けないということは承知しております。

歴代の能弁だった著名人が、政界に入った途端

ことごとく物言わぬ人に激変することからも、

身の回りが蜘蛛の巣のように

ほぼしがらみで絡み合う世界であろうことは、

容易に想像がつきますから。

公務員の方々に覚えておいて頂きたいことは、

国家を司る方々も民間企業を支える方々も同じ人間、

今後ルールを創るまたは改定する際には、

「先ずこの拘束力が

如何に民間企業を締め付けることになるのか、

本社の日本脱出に繋がらないか?」

をよく心中で自問自答しながら決定して欲しい、

とほぼ全ての日本企業経営者が思っている(だろう)

ということです。

日本人不在の日本経済を構築してしまっているならば、

日本国家の創り出すルールがそうさせているのだ

ということを先ず自覚して頂く必要があるのです。

 

書き添えておきますが、

ふるさと納税を食い物にする民間企業排除の為、

※ 納税額の約10%を掲載料(手数料)として

「eコマース」サイト運営企業が貪っているのが現状です。

 

紹介ページは国のホームページ

(総務省ふるさと納税ポータルサイト)だけに制約することは

何よりも優先して規制しなければなりません。

 

【ふるさと納税のはじまり】 ~ウィキペディアより引用~

地方間格差や過疎などにより、

税収の減少に悩む自治体に対しての

格差是正を推進するための新構想として、

西川一誠(福井県知事)が

2006年(平成18年)10月に

「故郷寄付金控除」の導入をも提言しており、

ふるさと納税の発案者と言われている。また、

同知事は総務省が設けた

「ふるさと納税研究会」の委員に選任され、

賛成の立場から積極的に発言をした。

 

【独占禁止法】 ~ウィキペディアより引用~

資本主義の市場経済において、

健全で公正な競争状態を維持するために

独占的、協調的、あるいは

競争方法として不公正な行動を防ぐことを目的とする

法令の総称ないし法分野である。

 

【談合】 ~コトバンクより引用~

国や地方自治体の公共事業などの入札の際に、

入札業者同士で事前に話し合って落札させたい業者を決め、

その業者が落札できるように入札内容を調整すること。

 

 

2108.12.10. (Mon.)

んー何でそうなるの? ~「二度と起きないよう・・・」という被害者遺族達の毎度~

【解釈の間違い】

双方車で云々という流れの外見から、

自動車にまつわる法律を適用しようと探す

=道交法からアプローチする からおかしくなる。

例えば、

地上39mのマンション(12~13階相当)から

人を突き落としたことで人は死なない。

落ちた地上が人に与える衝撃で死ぬ。

この時突き落とした人は、

「暴行罪や傷害罪で逮捕」はされない。

突き落としたことで容易に人が死ぬことを想定出来る上で

行なったとすることが前提となって

「殺人罪で逮捕」される。

【解釈の結論】

「運転致死傷で該当せず」の方がむしろ正当。

二台の車がそこにある環境下で起きた

「殺人事件」

なのだから。

 

【一般殺人事件としてみればごく自然】

高速道路の追い越し車線(最低速度50キロ制限)は、

停車が違法な上に速度100キロが許容されており、

危険極まりない状況へと他の車両を追い込み

最大100キロの車両が突っ込んでくることを想定した上で

行った

=家族を含めた公衆の面前で、

13階建てマンションの上から二名を突き落とした

ことと同義であり、

※ 「時速100キロで走ってくる車の前に

二人を突き飛ばしたのと同じである。

その衝撃は、

マンションの13階から飛び降りた時に匹敵する」

と言った方が分かり易いかな?

 

「計画的(監禁)殺人で逮捕」が相当。

※ 監禁の時間は、この場合関係ない。

死因は「衝撃」であり、

13階のマンションから突き落とす衝撃に

時間的要因は何ら関係しない。

 

【前科等余罪】

以前、

山口県警は同者を、

一般道で同様の行為により

「自動車運転処罰法違反(過失致傷)容疑で書類送検」

しており、重犯(反省の機会を放棄したとみなされる)

には酌量の余地はない。

 

且つ家族を含む公衆の面前で行なった殺人で、

公序良俗を著しく害しており、

この点では秋葉原での無差別殺人と同様の厳罰を要する。

 

更に、

社会通念上状況を想像出来ないトラック運転手

(不起訴=上記の地上の立ち位置に当たる)を

自身の加害行為に利用しており、

「殺人ほう助の強要」

も追加すべきである。

 

もっと更に、

トラックがほどなく追突しており、

状況証拠=自分も重傷を負っていること から考えて、

監禁状態から解放したのではなく、

もはや車両が追突するのを避けられないと判断して、

被監禁者を見捨ててでも自分だけは助かろうと

その場を逃げ去った、と判断するのが妥当。

「第三者を利用しほう助させた不真正不作為

(いわゆる”見殺し”)による殺人」

としても捉える又は追加することが出来、

これを裁判所が認定することこそ、

「被害者の死を予見出来た」ことや

「自分で追い込んだ状況下で被害者が死んでも構わない

と考えた⦅未必(みひつ)の殺意⦆」証明となり、

この「事件の核心部分」である。

あらゆる「ゴネ得」を目的とした加害者のよた話を

許容し続けている理由はここの認定がされていないから

であり、今後一蹴する為に最も必要な要件である。

 

【相当判決】

「永山基準」に照らしても、

二名以上の死亡被害を一人で引き起しており、

前科や余罪をみても更生の余地どころか、

釈放後の遺族の安全が全く担保されない。

※ 2018.06.09. のぞみ265に乗車していて

以前からの想いを更に強くしたが、

これら常軌を逸した殺人犯には単なる刑期だけでなく、

実社会での生涯背負う実害を受けるべきであると思う。

私の考える殺人に相当する実害制裁とは、

 

「遺族の意向があれば、

加害者の両目を奪う=視力を失わせることが出来る、

且つ障害者認定されない」

 

ことだと思っている。

※ 不思議な罰だと感じるかもしれないし、

他の意見があるだろうことも承知しているが、

加害者釈放時点の生命を最低限保障した上で、

加害者釈放後の被害者遺族への逆恨み犯罪を回避する、

被害者遺族の畏怖という精神的負担を軽減する、

障害者手帳の有無で実障害者への偏見差別を排除する、

のが目的であり、

「自分が遺族だったら」

と想定した時の今考え得る最も有効な手段だと思う、

のが根拠である。

 

被害者と遺族の人権があまりに守られない歪(ひずみ)は、

更なる凶悪犯罪を助長しており必ずいつかどこかにしわ寄せがいくだろう。

 

少なくとも

「二名の殺人罪、前科による酌量の余地なし」

で判例に照らし合わせれば

「死刑」

が相当である。

 

【これから】

既に「危険運転致死傷罪」

にて立件してしまっているので、

別件として追加起訴しながら、

※ 通常一連の流れを一事件として扱い、

同じ流れの中で別件を立件することは出来ないが、

加害者が一つ一つを別々の事件だと主張しているので、

ここを逆手にとっての別件立件、命取り、

という大岡裁きを見せて欲しいものだ。

 

先ず「危険運転致死傷罪」で判決を行い、

控訴してきたところで

「反省なしとみなしプラス10年」、

※ 控訴が必ずしも減刑されると思うなかれ。

 

その後

「再逮捕、死刑」

とするのが相当である。

※ 勿論裁判所が凶悪且つ社会的脅威と認定すれば、

この件自体を差し戻し、

改めて「殺人」にて立件するよう指示する可能性もある。

※ 死刑反対論があることは承知しているが、

「司法の場は正義を争うところではない」。

それは正義の何たるや知った者が順守し合う世界で、

罪を犯す前段階の議論の場でやれ。

司法の場は既に罪を犯した者に対し、

罪と同等の身を切らせ清算させるところだ。

特段の理由や酌量の余地がなければ、

被害者の代理人である遺族の意向を最優先に

民意を加味して最大の量刑が求められ、

それを叶えられて当然である。

殺人が異常な行為である以上、

同等な死刑がたとえ異常であっても

執行されて然るべきで、

守るべきは、

「人を殺したら終わりだよ。」

と親をはじめとする日本全国民が教育し合える

「基本的人権の均衡」

である。

 

「法務大臣の押印判断」という肩の荷を下ろす為、

死刑判決が出る度にその人数分だけ押印せねばならない、

という法律を創ることを提案する。

(死刑確定者の生存権の制限)

被害者の死亡数は殺人者の死亡数をはるかに超え、

相変わらず殺戮(さつりく)は繰り返され

その人数差は広がるばかり、法律はそれを許容し続けている。

被害者遺族の善良性に甘え続け、

「死んだもんはしゃーない、お前らが我慢しとけ」

とツバを吐く

法律の人命軽視という罪は大きい・・・

 

 

2018.12.04. (Tue.)

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問答有用 ~「決定せん! ~カルロス・ゴーン事件から学ぶこと」の巻~

お早うございます!

 

私の投稿を御一読下さった方々には

出来る限り丁寧に返信しております。

ややもすると本文より長くなったりする場合も考えられ、

私だけの見解に加えて更に深い、より高みの御意見も

頂戴することがあると思っております。

私自身も含め勉強になると思いますので、

御紹介する機会も作って参りたいと思います。

こちらも是非御一読下さいませ。

 

【M氏からの貴重な御意見】

人間って意思疎通が可能な生き物だからこそ、

相手にいい加減だったり、真面目になったり、

陥れたり、助けてあげたり…って事をするのでしょうね。

いわゆるグレーゾーンの多い世界に身を委ねているって。

でも、個人的にはもうグレーなんて要らない。

悪い奴は悪い、良い事をすれば褒めてあげるでいい。

…って話をしてると個々の価値観で裁量の範囲が決まる事が

ややこしい世界だなって思います。

簡潔に言うと、

もうAIに任せてもいい世界なんじゃね〜かと思う訳です。

 

【私の回答】

お早うございます!コメントありがとうございます。

お久し振りです、お元気ですか?

※ M氏は以前の職場で同僚として、

いつも味方になって下さった貴重な友人です。

 

行き着きましたねぇ~、

生きることに必死な世の中ではなくなったことで、

中間階級意識層が異常に増え、

その中で自分の優位性を知らしめたいという動物としての本能、

「弱肉強食」が法律の圧力の中でギシギシと音を立ててひしめいている

のが現代です。

生き死にの狭間に身を置きたいと潜在的に思っている

=トラブルを自ら起こしてでもスリリングに生きたいと思っている

人間は人口増加という要因も手伝って自然の摂理として相当数存在する

と思っています。

これは「他人に手を差し伸べることに幸せを見出せる世界を創る」

というような夢、

証拠として人類歴史上未だ一度も実現したことのない机上論だけでは

解決に辿り着かない現実(現場)論です。

一つことのレベルが 1~10 まであれば、

全レベルに常識とする世界が存在し、

非人類でなければ結論など出せない、

というのが私の論文の本質です。

 

特筆すべきは、経済=個々の収入 についてだけは

人類始まって以来今日までズーーっと

社会主義状態=極所集中状態 だということです。

経済的社会主義世界については当事者(経済的独裁者)が

全く語りませんので、

我々中低所得者層はその存在すら知らないまま

世を去り続けているかと思います。

 

【J氏からの貴重な御意見】

あとで、ゆっくり読ませてもらうとして

今回の「事件」で、個人的に納得いかないのが

年収20億円を年収300万の非正規雇用の人たちがわけあえば約670人。

670人って、烏合の衆でしかなかったのでしょうか?

 

【私からの回答】

お早うございます!

コメントありがとうございます。

 

私の見解ですが、

ゴーン氏の報酬は承認済みだった。

経営陣全員が

2万人を実質クビにした恨みに

更なる追い撃ちがかかるのを恐れて隠した、

日産にそれを断行する勇気のある人がいなかった、

その代償として日産は黙認ではなく認めていた、

のが実態ではないでしょうか。

※ 私の経験した実例では、

年商500億円(当時)の企業が1万円の経費に稟議書を要しました。

(年商の 2/10⁷ に相当)

年商12兆円(連結)の企業が年間10億円(年商の 8/10⁵ に相当)  の

行き先を知らない、追求もしていない、

=「誰かが巨額な横領をしたようだが、

経営陣は誰も解明しようと思わなかった。」

などということはあり得ません。

また、たとえ毎年10億円程が未記入であっても、

日本有数の東証一部上場企業ですから

各年決算時の逆算(実際の純利益とのズレ)から、

その金額はほぼ正確に算出出来ていたと思います。

 

ゴーン氏の50億は非合法で争う事ですが、

非正規雇用から優先して削減は当たり前ですし、

※ マスコミとしてはより多くの人件費に匹敵する

=より多くの人財(材)を犠牲にした ことを強調する為に

非正規雇用者の人件費で算出したと思われますが、

正社員を先に自主退職させて非正規雇用人員を残すことなど

もっと非人道的な措置であり通常あり得ません。

 

彼が恨まれる立ち位置を継続しながら

浮かせた金額は年間1000億以上、合計1兆を超える、

断行しなければ全員解雇、民事再生、最悪破産だった。

今会社があるからああだこうだ言えますが、

当時他の選択肢はなかったのではないでしょうか?

 

今回は以上です、皆様の糧(かて)になれば幸いです。

 

2018.11.29. (Thu.)

22世紀 決定せん!~カルロス・ゴーン事件から学ぶこと~

お早うございます!

コンサル(というか妄想)します。

かなりぶっ飛んでますので、

SF(Society Fiction)ストーリーとして、

御自身の妄想を加えながらお楽しみ下さい。

 

巷の噂

「人切りの為に呼んだんでしょ?」

 

日産関係者

「日本では日本の基準にのっとってやって貰わんと困る」

 

ゴーン氏

「何でこの業績でこんな安い報酬やねん!」

 

それぞれがそれぞれを一蹴する時の決まり文句

「知りもせん素人(しろうと)が物言うな!」

 

多くの会議でもシンポジウムでも、

専門家や知識人と称される方々を中心に、

過去の歴史(観)や学会論文等の自身にとって都合の良い

部分の引用や解釈をぶつけ合って双方最後まで相見えない。

その場正論で論破しても、

次の資料を探し出し次の機会に再度反対してくる。

数がまとまらなくて決定(多数決)出来そうにないと、

反対派のところへ行って説得、納得と称し

別カテゴリーの供与で実質買収する。

反対派も本音はどっちでもいいが、

「ゴネ得」にあやかりたいが為の

「タカリ」が主な目的だったりする。

これが民主主義形式の議会の実態である。

イコール

「多様性を許容する社会や企業が、

人間一人で全体ルールを決定するには無理がある」

ことの証明でもある。

 

「結局最後は人が結論付ける為、

如何なる知識や裏付けがあっても

結論を託された人にとって利益となるところへ

都合よく導いてしまう」

が理由であり、これは人間社会究極の命題の一つでもある。

 

名古屋の議会をみても、

議員報酬を下げると謳うと民意で当選はするが、

議員間では四面楚歌になりその案は通らない。

※ 一時的に=パフォーマンスとして 採用したことはある。

 

月給50万円の16ヶ月(12ヶ月+賞与4ヶ月)

では少な過ぎるらしい。

議員報酬カット、減税は民意ではあるが、

財源と議員自身の報酬確保は議員総意とやはり相見えない。

 

また、

「断行して偏(かたよ)ると叩きたくなり、

みんなが程々によい状態を良しとする」

のが日本人の気質であるから、名誉や権限は欲しがるが、

大事の決定権は持ちたがらない。

 

私が学級委員長だった頃や生徒会長をしていた時も同様、

規模の大小や専門性の有無を問わず、

ず~~~~~っと何ら本質は変わっていない。

 

もう一つ。

「行政府」って内閣だから実質立法府と一緒のメンバーで

決定してからその違法性を争うところでやっと司法が参加、

決定までの時間もそれまでの議論(人件費)も無駄。

これでは三権分立になっていない。

 

さて、

日本はその高い技術水準を誇る国家として

AI 先進国を目指している。

その先駆者として、

「国家首相を AI 」

にしてみるとどうなるだろうか?

 

AI は六法全書どころか国際法から

日本関係各国の法律を全て記憶することも可能だろう。

日本は国勢調査にみられるように、

国民全員の情報を把握出来る能力がある。

AI なら一台で一億何千万程度の情報を受け容れ、

統計化し、多数結論を法律に準じはじき出すことなど

ややもすると数分で出来るかもしれない。

この段では暴走しないよう、

敢えて学習機能を持たせないのがベターかもしれない。

途中でポリシーすら変貌してしてしまいかねない

代行者という一人間に託すことなく、

直接国民の意見が正確に反映される。

正に民主主義と言えるかもしれない。

 

議会の構成は、

各都道府県から一人ずつの

行政(地方自治)代表者、国会代表者、司法代表者、

で合計 141 名(3人× 47都道府県)、

完全な三権分立会議だ。

国会議事堂は中央部分のみ約三分の一程度の敷地、

「日本議事堂」等に改名することになろうか。

AI首相の出した「答え」を議論する。

修正案や反対案がまとまらなければ、

AI首相の出した答えがそのまま採用される、

謂わば「参議院」としての機能が本文となる。

 

これでフェアな状態では結論が出ないであろう

ことを想定していながら、

カンファレンスを開き参加することで給与を得るという

最大の無駄を年間百億円単位でカット出来ると思っている。

 

外交はどうするんだ?

という意見が当事者からは出るかもしれないが、

根底から変わる暁(あかつき)の話を

現状の縛りで考えること自体がおかしい。

例えば大使(立法、司法、行政から一人ずつ、

対国に最も洞察の深い方として選出された方々)が、

友好な関係構築に向けた対話や振る舞いだけにコミットし、

核の部分は聞き役に徹して持ち帰り AI首相 が答えを出し、

三権分立会議で審議して決定を下す。

その後再度訪問し、謹(つつし)んで結果を伝えに行く、

というような流れを想像する。

数値上「47組の日本トップ」の存在が可能

複数国家との同時首脳会談が可能

メリットか否かは不明だが。

 

くらいの奇抜な提案の実現には

「憲法の変更が必要です!」

という主張であれば、

憲法改定法の変更に賛同が得られるかも・・・

※ 今取り組んでいる「改憲」は、

主に一文、一箇所についてにしか伝わってこないが、

それによって連動して改定及び解釈を変更せざるを得ない

こと(箇所を含む)を全て提示して頂く必要がある、

またそこに潜む可能性について深く考える必要がある、

ということを有権者は忘れてはならない。

 

2018.11.26. (Mon.)

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22世紀「成人の自覚」 ~学生社会の青春物語(大岡裁き等)は 一般社会の刑事事件には必ずしも通用しない~

お早うございます!

 

コンサルします。

これは想像ですが・・・

警察関係者が最も注目していたことは、

 

1. 実行犯M君は我々(警察)の判断を待たずに復帰した

2. U氏とI氏は仕事=収入源 を絶たれたまま(なのに・・・)

 

これを鑑みての判断だとみています。

 

刑事事件を担当する司法関係者(警察官や検察官)は、

「社会的制裁を既に受けているか否か」

をとても重要視します。

私の感じる限りM君の復帰は実際早過ぎました。

私の見解では、

実行犯である以上被告として認定=書類送検されれば、

強制退学が必須の条件です。また、

警察沙汰にした以上、

最終判断は国の刑法に照らし合わせたものとなりますので、

それを待たずして元のさやに戻ったことは

非常に司法関係者の心証を悪くしたと思います。

 

更に被害者の親が出張り過ぎて、

ストーリーを描いた感

=親が自身で描いた青春ストーリー通りに正義や悪を決めつけた感、

親の売名行為に映る感や、

「成人である被害者本人」が表に出て来ず

被害者としての被害意識が全く表明されていない事実、

も考慮された可能性があります。

 

もっと深読みするなら、

警察官は日大出身者が圧倒的に多く、

世論を受けて日大への補助金が保留されている現状、

「このままでは日大経営維持がままならない、

何とかして貰えないか。」

という嘆願が日大要職者から

日大OB(学閥と呼ばれる)警察要職者になされた場合、

M君にも最低限の御咎めをもって収束させることで、

着地点の補助金復活を達成させることが、

社会的制裁バランスとしても均整がとれる

という判断がまかり通る、

というシナリオに基づいて行った可能性を考えます。

 

一見不条理と思われるような現実には、

このような「見えざる力」が働くことは実際往々にしてあります。

不法であればあぶり出されるべきですが、

どちらにも転ぶ可能性があることが不利に働けば、

日頃のコミュニティー構築や

コミュニケーションによる結果ですので、

自らの力不足を悔いるべきです。

※ 日頃のコニュニケーション(実際地味で面倒くさい作業です。)

を排除し何もしてこなかった方が、

いざという時にだけ自身の正当性だけを一方的に説き、

他人を動かそうとする軽薄さへの再確認要請です。

 

偏見に気付かない、

一般社会が感じる不公平な裁きへの不条理よりも、

「小さな悪さ」をした者が、

「大きな悪さ」をした者を裁こうと目論んだ不条理

(感情だけで安易に自身のストーリー通りに警察を動かそうとする素人考え)

への警鐘と捉えるべき事件です。

※ 警察は、

「大岡裁き」を行うにやぶさかではありません。が、

「それを求めるに足るだけの背景や

特段の理由が存在するかをよく考えてみろ。」

という対応をされます、肝に命じ心して願い出るべきです。

 

※ 私の拙(つたな)い経験から申しますと、

実行犯M君が自身の刑事責任を認めた上で、

あくまでも「別件」として、

U氏とI氏を、

「洗脳被害やパワハラ被害」の訴訟を起こした場合、

チームメイト等複数の第三者がその実態を裏付ければ

=裁判にM君サイドの証人として出席することに同意すれば

「民事裁判」にて一矢を報いることは可能かと存じます。が、

M君は出場する実力がないにもかかわらず、

出場する為加害者になるU氏とI氏との契約に同意したのではなく、

判断力を失う等加害者になるところへ追い込まれた、

ことを証明する必要があると想像します。

「被告でも別件の原告になれる」

のは日本の法律のフェアな側面です。

 

 

2018.11.15. (thu.)

22世紀 ~日本の将来をコンサル目線で読む~

お早うございます!

 

今日は「気になる動きをいち早く」お伝えする、

「コンサルとしてのブランディング」

を狙った「経済占い師」的投稿です。

既に表面化していることを先情報のように書き綴(つづ)っても

コンサルタントとしての信用に寄与しませんので、

予想を先出ししておいて「結果やいかに?」と

採点を待つ感じです。また、自身のリサーチ力のコア&レアさを

自分で評価する意味もあってのブログです。しかし、

「本当の情報を握っている方々は核心の詳細を話さない」

という大前提がありますので、殆どは

「私独自のリサーチ情報から推測される今後の行方」

程度のことだと割り切ってお付き合い下さいませ。

 

さて、

最近とんと聞かなくなった「仮想通貨」ですが、

「ビットコインの価格暴落事象」や

「仮想通貨取引所コインチェックへの

ハッキングによるネムコイン喪失事件」

によって仮想通貨自体や取り引き手続きへの信用が

一気に失墜したことが大きな原因かと思います。

しかしこのタイミングで最近、

「日本が政府としてキャッシュレスに取り組む」

と大々的に公表がありました。

実感として大手銀行が次々と支店を閉鎖して減少させています。

「マイナス金利」が主な原因でしょう。

「端末のウォレットアプリによる振り込み、財産管理」

はまさに銀行要らずの世界観を現実化させるものです。

 

更に国家の経済的フロントランナーの動きもチェックポイントです。

「トヨタとソフトバンクのコラボレーション」

は自動車と通信インフラの民間トップ同士が提携、

と言い換えることが出来ます。

 

また、早急に取り組んで立法することには必ず意味があります。

「外国籍の方の雇用促進=現法で不法就労の方を合法化する」

は異常な速さで可決へと突き進んでいます。この

「From Black To White」

は税制上とても重要です。

「ポール・マッカートニー&ウィングス」

のチケットをやっとの思いで入手した挙句、

空港で即時強制退去となり幻のライヴになってしまった為

モーレツに憤慨していた私ですが、本人は至って普通に

「何で大麻があかんの?酒より害あらへんのやで~。」

※ ポールは大阪弁ではない。

 

とメディアに語ったことが不思議でなりませんでした。

次第に

「国際的にみれば日本で違法、外国で合法なものが多々ある」

ことに気付きはじめ、

最近では知識もついて「日本を豊かに」と考えた時、

「ブラック=違法 にしてしまうことで、

アンダーグランド化して=闇売買になって しまう売り上げが

とてつもない金額になっているのではないか?」

と考えるようになりました。

禁酒法(アメリカ)の歴史をみても、

禁止すれば表に出ないブラック=アングラ マネーの温床、

合法であれば税制ベースにのった国益商材になります。

カナダに於ける大麻の合法化もその一例ですが、

アルコールも大麻(というよりもその延長上にある覚せい剤)も

その常習性から、国の生産性を担う国民の廃人化=日本の退廃 の

危険性を鑑みながら、を重要なクリア要素として議論し

巨額のアングラマネーを「あぶり出す」のではなく、

緩和等による柔和な「自発的表面化」が国益に大きく寄与すると考えます。

※ 最も避けるべきことは、

     一時代スパンで見渡した時、後に当たり前になってしまうような

     今現在違法又はグレーな金銭授受行為の取り締まりで、

     真面目な警察官や司法関係者が犠牲になってしまうことです。

 

「この戦争は俺達が勝つ、そしてもうすぐ終わる。だがまだ死ぬ・・・」

~映画「フューリー」(デビッド・エアー監督作品)より~

 

「カジノの合法化」は、

その試験的提案案件の一つではないかと思っています。

 

国が動こうとする理由は、

「領土の拡大が見込める」

「税金の増加が見込める」

しかありません。

物理的な領土は今や侵略など出来ませんから、

外国に於ける現地国家公認の様々なカテゴリー利権獲得、

に置き換えられます。

国家の経済活動の中心は「国内法人」の動向です。

これらを踏まえて「今」の延長上に何があるかを考えてみます。

 

国家として考えるべきことは、

「現在、法人を含む自国国籍者と元自国国籍者全員で

総額いくらもっているか?」

です。

税制が厳し過ぎて国家の息がかかっていない中小法人は

グローバル化に連れ次々と本社を外国へ移していく可能性があります。

対応策は「法人税制緩和」と「愛国心の育成」でしょう。

法人は目に見える数値化された基準での、

「法人税率優遇階級制度」がベターだと思っています。

「教育費の無償化」は愛国心育成への一環だと思っています。

個人についても、

税制を理由とした海外脱出は増加の傾向にあると思っています。

例えば外国で半年以上暮らし、長期滞在先として日本に住むことで、

法律にのっとって日本で税金を支払わない等があげられます。

法人所属の一般企業人に於いては、税金管理が出来ますが、

その数が減少しつつあると思っています。

副業と名付けた実質の本業が、

在宅業務環境の整備と共にじわじわと広がりをみせ、

企業に所属して働くことを離脱する日本人が増えつつあるからです。

日本銀行券という紙媒体のお金は把握が難しく、

送金期間や送金コスト、管理リスクも費用対効果として考えると高くつきます。

 

仮想通貨は、

「マイニング」という承認作業を終えた通貨が正式に発行され、

それを「ブロックチェーン」という暗号化された技術で繋ぎ、

誰がどこで換金したか、どこへ送金(支払い)したか、

が一極集中管理ではなく、誰でも(一部語弊がある)チェック出来る仕組み

で運用される通貨です。

例えるなら、

紙媒体の現金を法律で切れない糸繋ぎにして、

いつでも誰が糸を辿ってお金の行方を確認しても良い状態、

かと思います。

ネムコイン流出後、しかしながら現金化された形跡はなく、

現金化すれば即時犯人を逮捕出来、

今後法整備と共にセキュリティー技術の進化によっては

コインを取引所に返還することも可能かもしれません。

仮想通貨の現状の怖さ=問題点と共に、

ブロックチェーン化されたお金の管理手法への信用と

今後の期待値は高まったように思います。

キャッシュレス化宣言、銀行の撤退状況、

これらの延長上に、

 

「仮想通貨による通貨流通世界宣言」

 

に向かう可能性に注目しています。

つまり、

「情報通信はインターネット」、

「金銭流通及び管理はブロックチェーン」、

という住み分けへと移行させようと考えているのではないか?

ということです。

(参考ページ)

https://coinhack.jp/media/articles/827

 

情報通信は先の大手二社コラボを筆頭に、

「AI」技術の世界最先端を目指し、

「三菱MRJ=財閥系企業」や

「JAXA(宇宙航空研究開発機構 : 総務省管轄)」

との連携も当然あり得ると思います。

ロケットをはじめとする、

通信及び特殊エンジン技術の海外輸出をメインに、

将来的には

「人類地球脱出」という世界事業をけん引する目論みもあるかと・・・

 

「ブロックチェーン技術」は

仮想通貨を創出するに不可欠な技術で、

このひな形=原型 になっているのが現在は、

「イーサリアム(ETH)」

という仮想通貨のプラットフォームでカナダ発祥です。

こうした「0 から 1 を創り出す」という、

突飛押しもない発想力を持たない日本を改革しようとするきっかけが

「外国籍の方の雇用促進」だと思っています。

大学ランキングでも、

日本ダントツの東京大学は世界で見ると

20位~50位位の位置付けです。

「記憶で点数が取れる学習は世界的にみれば重要ではない」

という評価基準が垣間見えます。

ノーベル賞受賞者が多いドイツ人、文化に長けたイタリア人、

e スポーツの延長上にあるプログラミングや通信に長けた韓国等々

秀でた民族性がそれぞれにあり、これらのトップ頭脳が

マサチューセッツ工科大やハーバード大(アメリカ)、

ケンブリッジ大(イギリス)

へと集中してしまうことで日本は遅れをとっています。

優秀な人材育成と共に世界のトップ理系大学の創設と、

世界のトップ頭脳の帰化環境整備は必須の命題の筈です。

 

仮想通貨が流通ベースに乗るには、

国家や大手市場が採用することは不可欠です。

今後生き残り続け、

世界共通の通貨として流通するであろう仮想通貨は現在、

「投資対象としてセミの幼虫のように土の中にいる」

と言っても過言ではありません。(と思います。⦅笑⦆)

「ろうそく」と称するチャートで表現される価格動向対象のあらゆるものは、

概ね下記のような流れで超巨大な群衆の心理動向として現れます。

「公開前募集期間」は全く信用が無い状態ですが、

誰が資本投下する仮想通貨なのか、どこで流通する予定なのか、

で判断されます。が、私の知る限り

この情報は相当コアな繋がりの中だけで共有されており、

一般の方々がこの段階で情報を得るのは

相当困難というのが実態かと思います。

 

注意点は、

「草コイン」といわれる値段のつかない、

または公開=上場されない まま構想が立ち消えになる

仮想通貨への投資詐欺(と言われても仕方がない)募集です。

創始者などとは言い難い「言い出しっぺ」がビットコインを送金させ、

草コイン保有証明だけを発行し、

あとは立ち消えや最低限の補償を支払い、

言い出しっぺは発行通貨ではなくビットコインで持ち逃げ、

というようなパターンです、充分にお気をつけ下さい。

 

「公開=上場」されますと一般の方々も取引所で購入出来ますので、

世間による認知が始まった=仮想通貨として一段階信用が高まった

と言えます。

ここで専門カテゴリーのニュースとして取り上げられ、

多くの上場仮想通貨は一旦価格が上昇します。

現在のところ流通ベースのコインは、

今だに利便性を感じないビットコインだけですので、

直後にどんどん価格が上がるか進展があるかという劇的変化が無く、

大概新規仮想通貨価格は落ちていきます。

ここから大口投資家は、

上記のような先行き情報を持っている有望通貨を少しずつ、

価格が上がらないよう、されど最終的に大量に保有するに至る

計画的購入を始めます。

 

希(まれ)にこの辺りで

「仕手筋」と呼ばれる方々が一気に買いをいれ、

つられた一般投資家の買いに押されて価格が上昇し、

仕手筋は売り払って徐々に価格が下降、

一般投資家は置き去りにされ、

「塩漬け」といわれる

購入価格未満価格が延々と続く状態になる場合があり、

この価格操作を「フェイク」と呼びます。

これに引っかからないのも非常に大事なポイントです。

 

「暴落」中が投資対象の終焉になっていないのは、

高値で「売り」を入れ、落ち切ったところで「買い」戻すような

商材そのものを購入するのではなく、

商材の価格が今より上がるか下がるかに対して

「買い」と「売り」をエントリーする FX 等の投資対象期間だからです。

価格上昇は時間がかかるのに比して

下落(殊に暴落)は圧倒的に短時間で終焉を迎えますので、

価格の上下差を投資対象としている方々には絶好の機会となります。

 

巷(ちまた)の中小口投資家の耳に入ると少しずつ価格が上昇し始めます。

SNS 拡散や噂により価格上昇が加速すると、

民放等の大手メディアが取り上げここから一気に価格が高騰します。

つまり、世間で大騒ぎやブームになっている時、

公開前買い付けした方々や大口投資家は悠々と状況を眺めながら、

「売り」のタイミングを計っている、というのが全体像です。

 

私は

「Linkedin」という多くの経営者が登録するサイトに登録しており、

この中で最近頻繁に流れてくるのが、

「FINNY=フィニー?かな」

※ 全部英語で書かれているブログなので正式な読み方は御容赦下さい。

※ スペックと思われる記載

(この時はデザインが検討段階だったようです。

最終的にアイキャッチ画像のデザインになったと思われます。)

 

という上記のブロックチェーンと、既存のインターネットを融合した

スマートフォンの販売間近、というものです。

※ 最近 Linkedin 上でやたら流れてきて気になる宣伝

※ 「Hold On for Dear Life

= 素晴らしき人生の為持ってて下さい

– 2018年12月15日

FINNY 世界初のブロックチェーンスマートフォン」

「FINNY が2018年12月15日に発売される」と読み取れます。

 

このスマホ自体がブロックチェーンウォレットとして機能し、

お金のやりとりと管理はブロックチェーンで、

またグーグルと提携しているようですので通信はインターネット、

という認識ですが、(間違っているかもしれません。)

通信登録は日本でどうやって登録するのか?等疑問もあります。

将来性や流通ベースに乗るか否かという保証がないので明言出来ませんが、

近々に今後の期待が込められたスマホ販売とあって、

世界的には注目度が高い、そして投資機会がすぐそこに迫っている、

という印象を受けました。

私は昭和人ですのでなかなか現金から離れられませんが、

御興味のある方は一度リサーチして検討してみるのもよいでしょう。

 

FINNY で流通される予定の仮想通貨は、

「シリン(SIRIN)」

で、Linkedin の情報入手時に一応覗いてみた

最近のチャート形状が、上記の

「中小口投資家参画」期間に似ていたので気になった、

ということで投稿してみました。

 

※ シリン価格の変遷(公開=上場当初からの総期間)

 

 

※ シリン価格最近の動向(直近の一週間)

 

注意!)

「シリン」をはじめ仮想通貨の信頼性は今のところ不明です。

必ず独自のリサーチを行ない、

信用に値するか否かを御自身で判断の上、

御自身の利益に寄与すると思った場合のみ御購入下さい。

 

2018.11.06. (Tue.)

皆本心で仰るならば

片や

「自己責任は承知している」

=「助けてくれとは言わない」

これを踏まえて「危険、行くな」と言われても

伝えることの必要性を追求する。

 

片や

「政府としては如何なる理由や思想であろうと

国民を見殺しには出来ない」

 

これは個人の意思と国家の法的拘束が一致しない結果である。

 

日本が国家としてまれにみるチキンなのではなく、

国民の最も弱い立場の方に基準を合わせて言動する

「世界でもまれにみる=世界のモデルとなり得る

全国民に寄り添おうと尽力する人権重視の国家」

だということは誤解してはいけない。

 

この双方が互いを尊重し歩み寄るならば、

 

「国連は、”一時無国籍登録制度” を制定し、

危険渡航地域指定している国家へ敢えて渡航する方々は

これに登録、帰国までの間一時的に無国籍者として

自由な活動が出来る。

心身共に健全な状態で登録前の国家に帰国すれば、

以前通りの国民登録に戻ることが出来る。

但し悪用しテロリズム等国際法に照らして

謀反に加担するに至った場合は、

国連加盟国全国家から死刑相当処分される場合がある。」

 

というのは如何だろうか?

日本とて何度も同じ繰り返しに手を打たず、もし、

身代金ロンダリング=例えば人質救助仲介国への

別の形での支払い(例えばインフラ支援等)を

慣例の如く行なっているようなことがあれば、

「準テロ支援国家」と言われかねない・・・

 

細部は実態に沿って詰めるとして、

これにより法的拘束を以って、

前者は御自身の「自己完結」を全う出来、

国連加盟国全国家もまた、

こうした信念に対し対抗及び支援及び救助が出来ない。

 

つまり

「法律により国連加盟国全国家は、

救助に向けての手出しが出来ない」

というところが最も重要なカギとなる。

 

これが弁証法的ベターなアウフヘーベン=現時点での結論

である。

 

所属国家政府の示唆を無視した行為には、

 

「私は信念に従って言動している」

ことを御自身で立証する責務があるからだ。

 

第二の「The Terror of War」を狙っているわけではない、

と宣言して頂く必要があるからだ。

 

帰国後レアな写真を売買しメディアに露出し、

体験本を売りまくろうとしている訳ではないことを、

行動で示して頂く必要があるからだ。

 

自ら所属国家へのメディア戦略を指南し、

拘束されたフリをして多額の資金をまんまともたらす

洗脳されたテロ団体のやり手営業マンでないことを、

全国民に向け身をもって証明して頂く必要があるからだ。

※ この危険性を誰も疑わないのは不思議で仕方がない。

※ テロカテゴリーを語るのに「性善説」は通用しない。

※ 小さな頃から公に良い子として過ごした洗脳済みの人が、

優秀な人材として要職を担い、

人生の集大成として奪った飛行機で開会中の国会に

ためらいもなく突っ込む、ひいては国政の中枢に入り込む、

これくらいのことは当然あり得ると考えねばならない。

 

「いざとなったら国がなんとかしてくれるだろう」

などという甘えが微塵もないことを、

「私の為に無駄な税金は使わせない」

という強い意志を全国民に納得させる義務があるからだ。

 

 

2018.11.03. (Sat.)

22世紀 ~愛知県立瑞陵高等学校(旧愛知県立第五中学校)普通科卒~

瑞穂が丘は緩い登り坂の上に位置するのどかな住宅街である。

瑞穂区役所の角を西へ更に緩い坂を上りきると瑞陵高等学校がある。

南向きの広いアプローチは、

合格発表で初めて見た佇(たたず)まいそのままの姿で今もそびえ立っている。

卒業生としてあの時と同じ門をくぐると、

この学校や先生方、そして在校生達の栄養分として

何ら寄与していない自分の小ささを大いに感じる。

想えば・・・

入学当時は厚みが10センチもある古文辞典を買い込み、

帰宅するバスの中で広げては、全く読んでいないのに

「わたくし、瑞陵ですが何か?」

みたいなプライドだけはいっちょ前で、

どう見られてるかだけを意識しながら生きていた時期だった。

袖に5つボタンの長ラン、ツータックのバギーは

中村区の「Oカベ」でオーダーして作った。

トッキトキのヨーロピは新瑞橋の「〇トミ」で調達、

アイパー中分けで毎朝三面鏡に

「俺、カッコいい?」

などとタワケな問いかけをしながら、

前後左右どこから見ても完璧になる迄家を出ない毎日だった。

「THE BEATLES」だけは教授の如く語りつつも、

 

同じクラスの「Mノ君」が大人しいのにベースがやたら上手い、

との評判だったので文化祭のバンドを見に行ったら、

ディープパープルのハイウェイスターをやたら上手く演奏していて、

ギターソロの16連も完コピで思わず「イェー!」と叫び、

不良グループの「Kトウ」がポリスのメッセージインナボトルを

これまたカッコ良くパフォーマンス、最後に

応援のお付き合いで見に行ったつもりだった女子バンドが、

パットベネターのハートブレイカーを

オリジナルばりのパンチで聴かせてくれてからというもの、

すっかり私のハートはブレイクどころか火がついてしまい、

ここから70年代80年代のロッカー達に引きずり込まれていくことになった。

※ 私の最高位ロッカー

「ブルース・スプリングスティーン アンド ジ・イーストリートバンド」

「俺は走り続けるため生まれてきたんだ!」と歌う「ボーン トゥ ラン(1975年)」

に今なお血湧き肉躍る。

 

脚を怪我しながらも地区ブロック優勝していたテニスだけは自慢出来、

「俺テニスなら負けん。」

などと全国レベルには程遠いことを認識しつつも、

自分の存在意義を無理やり見出すタネに、謂わば心の支えにしていた。

「睡眠グクラブ」として授業の9割を居眠りしながら

3年間を過ごしたここでは確かに埃(ほこり)のような存在だった。

ただ、この時期の「カッコいい!」と「女にモテたい!」という

不純な動機で始めた音楽とテニスに今事業として携わっていることには

当時の自分にとって何も意義がなかったとは思えないでいることは確かだ。

 

瑞陵の前身は愛知県立第五中学校迄遡(さかのぼ)る。

 

明治40年(1907年)に設立されてから、はるか昔には

江戸川乱歩(らんぽ)も杉原千畝(せんぽ : 本名ちうね)もこの門をくぐり、

共に早稲田に進み偉人への道を進んだことに想いを馳せ、

さも自分が同等な立ち位置で二人のブランドを

単なる先輩としてまとっているかのような語り口は許されるのか?

それは

「埃が誇りに思う」という

「鼻くそが我がごとのように大仏を語る」

に等しく、はばかられて然るべきことかもしれないが、

優秀な卒業生からの知らせで今回の事業を知るに至り

無性に訪ねてみたくなりオープン初日に足の赴くまま母校を訪れたものである。

内に一歩入ると小休憩所の作りになっており、

周囲に千畝に関する記念碑やモニュメントが点在していた。

 

 

大村愛知県知事がこのような記念の礎(いしずえ)を

母校に建立して下さったことは心から感謝申し上げたい。

さて!

次は我々が学び、引き継ぎ、次世代に繋ぐ番である。

 

組織トップは理念を掲げ言葉にせねばならない。

クレドの作成が済んだら自身の中で即時引退すべきである。

自分が間違った方向へと軸がブレていく可能性を見越して。

魂が叫んだり天にも昇る喜びを繰り返す中で、

自身の中にあった当時のピュアで真っ白な天秤は、

釣り合っている状態がもはやフエアな状態ではない

錆びついたものへといつの間にか差し換えられ、

たった一円だったほんの出来心の私欲がもはや一億円に膨れ上がり

自分ではどうにもせき止められなくなっている人間としてごく自然な

煩悩のダム湖を手前のどこかで誰かに空っケツに枯渇(こかつ)して貰う為に。

案ずるなかれ、全ての疑問はクレドが答える。

全社員は経営者に聞くなかれ、クレドに訊け。

 

千畝は「国という組織」に於いてはルールを無視した懲戒解雇対象人物だった。

組織内で「間違った奴」とレッテルを貼られた者が、

「世界という超国家」に於いては称賛され今や偉人である。

人間は何度繰り返すのだろう?

小さな組織内ルールは、常に全世界のルールに照らし合わせて

作成されなければならないことに気付かない失態を。

秀でた者を敢えて評価することを拒み、

じわじわと追い込んで叩き潰し亡き者にした後、

絶賛する自己優位追求型の生き方しか出来ない価値観の植樹を。

 

私は神?父?母?我が子?偉人?に常に見守られている。

逆に言えば見張られている。

こんな時私には神の声が聴こえるだろうか?と自問自答すべきである。

 

「難民達の内にいた憔悴(しょうすい)する子供の姿に目をとめたとき、

『町のかどで、飢えて、息も絶えようとする幼な子の命のために、

主にむかって両手をあげよ~旧約の預言者エレミヤの 哀歌~』が突然心に浮かんだ。」

~1940年頃 杉原千畝~

 

「実際には、日本政府の許可なしであったことを私たちが知ったのは、

1969年に杉原氏とイスラエルで再会した時である。

杉原氏が訓命に背いてまで、ビザを出し続けてくれたなんてことは、

再会するまで考えられなかったので、とても驚いたことを覚えている。

杉原氏の免官は疑問である。

日本政府がすばらしい方に対して何もしていないことに疑問を感じる。

賞を出していないのはおかしい。表彰していないのは残念である。

杉原氏を支持している方は多くいるが、私は20年前から、

日本政府は正式な形で杉原氏の名誉を回復すべきだといっている。

しかし日本政府は何もしていない。大変残念なことである。

~1998年05 月25日 ゾラフ・バルハフティク(イスラエル宗教大臣)~」

 

「これまでに外務省と故杉原氏の御家族の皆様との間で、

色々御無礼があったこと、御名誉にかかわる意思の疎通が欠けていた点を、

外務大臣として、この機会に心からお詫び申しあげたいと存じます。

日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、

いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、

また最も重要なことであると常々私は感じております。

故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という

極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、

人道的考慮の大切さを示されました。私は、

このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。

~2000年10月10日 河野洋平(当時外務大臣)~」

 

千畝の轍(わだち)をたどり乍(なが)ら、

以前から提唱し続けてきた私の軸を確信し、

更なる高みへの伸びしろの存在に気付き、またそれを目指すことを誓う。

1.「世界共通公理(世界ルール)」

これが必要なことはもはや疑いの余地はない。

 

2.「組織とは法人という人也(なり)」

組織もまた同族的、独善的ルールに先んじて先ず人であれ。

 

3.「偉大な功績は存命の内に正当に評価せよ」

抜きんでた成果をほどほどに叩く圧力志向から脱却する人類進化を目指せ。

※ 2018年現在の感喜堂

※ 卒業(1982年)当時の感喜堂の看板

 

編集後記

「私のような者が『我が瑞陵、我が先輩』と呼ばせて頂けたなら幸せです。」

 

語部=Court remembrancer ~”TOMMY MURAKAMI~

https://www.youtube.com/watch?v=2hZUSaB0LWk

 

2018.10.15. (Mon.)

22世紀 ~貴は相撲の夢を見る~

時事本質

 

お早うございます!

コンサルします。

 

以前、

映画「二郎は鮨の夢を見る」

という不思議な題名のドキュメンタリー映画を引用して

企業人についてブログで語ったことがある。

http://blog.livedoor.jp/van_tommy_halen-ohmr/

※ 訂正

正しくは、

店主は「小野 二郎」氏、屋号は「すきやばし次郎」、

漢字を混同して申し訳ありません。

 

今回は異例の結論から申し上げる。

人間の一番の問題は・・・

「相手がひれ伏した時、初めておっそわけしたくなる」

ことである。

自身に内在するこのエゴを取り去ることは出来ない、

もし全く無ければ向上心も湧いてこない。

だが、社会の中でこれを前面に出してしまう時、

必ず大勢の力学として

「ほどほどに抑え込もうとする圧力」

がのしかかってくる。これは例えて言うなら

「蜂や蟻の群れの中で、

概ね20%を占める働かないものを排除すると

新たに同じ割合で働かないものが現れる」

という事象に似ている。つまりこの現象は

「自然の摂理」

なのである、避けては通れない。

それが自動的に働く「世界」にいるからである。

 

私が企業人/社会人向けセミナーの中で

最も重要と考えるポイントが

「貴乃花騒動」

の中に含まれている。

部下の立場の最重要テーマは

「自発的に所属企業に貢献するモチベーション維持」

であり、

管理者の立場の最重要テーマは

「部下の才能を手放しで応援出来るマインドセット」

である。

この双方が全(まっと)うされていない。

だから

「組織としての役割を果たしていない」

というように一般社会からは映るのである。

 

 

先の映画で注目すべきところがある。

【引用】

飲食の評論家曰く。

抜きんでた人の条件は5つ(全てを持つ人)

1.真面目

2.向上心 (がある)

3.清潔(感)

4.集団に馴染めない 

5.パッション(情熱) (を持ち続けている)

【引用以上】

如何だろう、まさに

「貴乃花親方」

ではないだろうか?

4の項は特に興味深い。

秀(ひい)でた才能を持つ者は

「集団に馴染めない」

のである。

私も何度か

「キャリア組

=スキルを持参して組織に即戦力として雇われる者」

を経験し短期的成果や組織改革を依頼されたことがある。

これがキャリア組の命題なのである。

これは組織に痛みが伴(ともな)う。

殊に長い在籍者からの反発は半端ではない。

言い争いや嫌がらせを受けるのは日常茶飯事。

長い在籍者は知人にこぼす愚痴のように

経営者に訴えるようになる。

遂には

「あいつを辞めさせないなら私が辞める。」

と言い出す。是非辞めさせて頂きたい。

この言動の本質は、

「あいつに活躍されたら

私の食いブチが減るじゃない!

だったら辞める。」

又は、

「私達が牛耳ってやり易かったのに

あいつのやり方じゃ私達がやりにくくなるじゃない!

だったら辞める。」

つまり、

改革推進キャリアは、

経営者の「最初の命」に準じて動いているが、

それに対して

応援しない、

自身の利益確保が最優先、

※ 大概の問題点はこうした輩(やから)が、

自部署の純利益確保よりも

企業利益を食いものにしている場合が多い、

ということである。

これら企業にぶら下がる長期契約者は、

「追い出しが完結する迄

意図的にトラブルを起こし続ける」

という特徴がある。

この時の経営者の姿勢がとても重要である。

「何とか上手くやってくれ。」

などと最初の命を忘れ、

事なかれ主義に立ち返る経営者には、

「あなたが応援しないならこれ以上の成果も無理。

私の役目は終わったので辞めさせて頂く。」

と残して企業を去ることをお勧めする。

勿論私もそうしてきた。

改革は経営者からの当初の依頼であって、

それを根拠にキャリアは籍を置くに至っていること、

「今までの放置が大怪我を引き起している」

ということに気付いて頂かなくてはならない。

「周囲と上手くやってくれ」

などという何年もかかる準備をしている暇などない。

傷口がパックリ割れた怪我人を

「痛がらないよう治してくれ。」

など如何なる名医でも無理な話なのだ。

 

ここから導き出される結論が、

 

「管理職は不要。

経営者が直接コミュニケーションをとれ、

経営者自ら仕事に参加出来るサイズの企業

こそが起業時の理念を守り続け、

且つ成果を上げられる企業の姿である。」

 

ということである。また、

「多くの企業人の潜在的なハイスキルは、

自由に=自発的に 追求出来る環境でなければ

敢えて発揮しない。したくならないからである。」

こうした眠っている才能をどう拾い上げ、

どう活かしていくかを経営者/管理者は

考えなければならない。

 

これが貴乃花親方の置かれた実態なのだ。

感覚でカテゴリーを分けると、

公務員(政治家等)/民間企業総務関係者等の

「公務員感覚」

民間企業営業マンを中心とする

「民間企業人感覚」

である。

現場作業員はもともと公務員感覚に

カテゴライズされていたが、現在は

民間企業人感覚を求められている。

 

公益社団法人は半ば公務員団体で、

現体制の大半が公務員感覚だとみえる。

貴乃花親方は民間企業人感覚であって、

今後の相撲界継続や衰退への不安に対し、

自発的にチャレンジしていたように映る。

上記理由からこの二つの世界は相見えない

=そもそも感覚が違う のである。

 

今後の企業の姿としては、

「企業は従業員とその家族の一生を負わない」

傾向にある。

従業員はいつ、どこへ、着地して次のステップに移るのか

を初めから描いておかねばならない。

少なくとも給与を請求するならば、

「To Make Money」

を追求せねばならない。

組織人として上手く立ち回ることに優先して。

自らの夢を実現する環境になければ

そこを退くことは早い方が良い。

貴乃花親方は上記自然の摂理の中で、

自らの夢の実現は現時点ここでは無理、

と判断し去った。

コンサル目線で言わせて頂けば、

何ら不自然な流れではない。

所属する新境地を摸索するか、

自らその地を創り上げるか、

それを次のステップとして考える時がきた、

ということなのだ。

民間企業人感覚の方が最終ステップを

考えるのであれば、

御自身で自らが幸せの中に居られる環境を

自ら創り出すことがお勧めである。

花田 光司氏の今後の御活躍を

心からお祈り申し上げたい。

※ 政治の世界への転身が囁かれており、

御本人の適正についてよく議論されているが、

政治家で最低限なければいけないスキルは、

「思ったことを直ぐ口にしない(余計なことを言わない)」

であって我慢が出来る性格から堪え得る筈。

一度はチャレンジする価値はあると思う。

 

組織人としてどう立ち振る舞うか?

を追求する公務員感覚ならば

「コミュニケーションと譲歩」が不可欠だ。

一方成果をどう上げるか?

を追求する民間企業人感覚ならば

個々の利害は一切排除せねばならない。

双方は相反しておりバランスをとることは、

出来るが双方がお互いの足かせとなって

ボチボチの結果を出すことが精一杯である。

「皆で和気あいあいと成果を上げていきましょう。」

という企業が成果を出しているのを

少なくとも私は見たことがない。

身内の居酒屋で営まれる飲み会では、

辿り着かない理想を語り飲み代を払う支出だけで

翌日の成果という実益には何も貢献しない。

こうした文化の企業は、

「仲良しサークル企業」

と呼ばれ横領等の犯罪をかくまう傾向にあり、

今後の社会で存在し続けるならば、

早急に脱却しなければならない。

個々の企業人は個人経営者意識を持ち、

「私の今日の給与は〇〇万円、成果(売上)は〇〇万円。」

を日々確認し、

達成又は未達成を自覚し続けるべきである。

 

経営者/管理者の卓越した高度なスキルの中で

最も優れたもの(”の一つ” ではない、頂点である)は、

「任せることが出来る」

ことであることを

経営者/管理者は肝に命じておかなければならない。

 

もう一つマインドセットが必要なことがある。

それは

「世界は一つではない」

ということである。

物理的な世界は一つである。だが、

「生まれて一生見もせず終わる人や土地、空間」

は個々の人の中に世界として存在するか?

答えは「否」である。

これもまたピーター・F・ドラッカー氏の

「マネジメント」

の中で

「あなたが知覚出来ない場所で倒れた大木の音はしたか?」

と問うているのに似ている。

 

個々に内在する世界が一つであるならば、

各カテゴリーで No. 1 が常に一人だけ存在する。

それは本当?

いやいやいやいやいやいやいやいや、

そんな訳がない。

 

「自分を中心とする世界」

では自身の幸せを維持出来る

幸せサークルの世界であり、

誰でも自由に出入り出来る。

「自分の世界の外の世界」

は存在し、その存在を否定してはいけない。

「双方が存在出来る物理的な世界」

では、上記の世界が無数に且つ別々に存在するが、

お互いが繋がろうとする時、

双方が前提として守るべきルールを持つべき世界。

※ 「べき」は未だ成し遂げられていないの意。

 

この考え方こそが人類の可能性が無限であることを

保証する礎(いしずえ)なのだ。

それを訴え続けたのが

ジョン・レノンの歌うイマジンに象徴される

「平和な世界」

なのだとしみじみ思う・・・

Imagine ~John Lennon cover~

https://www.youtube.com/watch?v=rrJtpLRv2s0

 

2018.10.03. (Wed.)